商業作文家

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柳屋本店「DUDE」

 

 

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 絵になる男は、本当にいる。

 その男の職業はモデルではない。しかし、服飾業界でおよそ半世紀を生きてきた彼の立ち居振る舞いはどう切っても絵になった。無理に気取っているわけではない。自然体にして絵になる。その証拠に、撮影の準備のため軒先のシェードを何気なく畳みはじめた仕草を見たフォトグラファーは、その絵を逃すまいと勇んでシャッターを切り出した。

 鈴木晴生。65歳。

 折り目正しく話す慎み深い声と、好奇心のおもむくままに動くつぶらな瞳を持つ、生粋のジェントルマンだ。

 ウィークデイの昼下がり。映画とファッションとダンディズムの話を訊いた。

 話は、一向に尽きる気配もなかった。

 

 

 映画に熱中したのは、早く大人の男になりたかったからだと言う。

 1962年、15歳だった。東京中の名画座に通いつめ、貪るように映画を観た。青春映画も文芸作品も社会派も夢中になって観た。同じ映画でも何度も観た。映画雑誌を熟読し、映画を観ては一着ずつ服を買い求め、一つ一つファッションを学んだ。

「とりわけ魅かれた俳優の一人は、アンソニー・パーキンス。スタンダードのファッションを活かしつつ、自分でカスタムして着こなしていました。たとえば、夏なのにべビ-コ-ル5ポケットとタイ、レンジャ-モカシュ-ズという組み合わせには驚かされました。あるいは、ジャケットの替わりにパ-カを着てタイを締めるというのも、今では特別なことではありませんが、当時は非常に斬新でした。この人はもう、単なる俳優じゃないと思いましたね」

 映画俳優の放つクリエイティビティに大きな影響を受けるとともに、その枠からはみ出した存在感に圧倒され、新たな大人の男性像をそこに見出していた。

 

 

 映画から学んだことは服飾の仕事でも大いに役立った。

 クラシックを現代に蘇らせることが自分のクリエイティブの主軸、と語る彼が本業のファッションについて話を始めた。

「服の選び方は、お店に行って、見て、触って、着る“時間”を確保することに尽きますね。自分の足で探すことが面倒臭くなったらお仕舞いです。買うかどうかよりも生の情報を集めることで、違いが判るようになりますから」

 さらに話は核心へと至る。

「ファッショナブルとスタイリッシュという言い方がありますが、ファッショナブルはトレンドに染まっていること、スタイリッシュはその人の味が滲み出ていることです。服を好きで着ていると“その人らしさ”になってきます。すると、その人の存在が街に光を投げかけるのです。それがファッションだと思います」

 ファッションは表層的な着こなしに留まるものではない、と語る彼の信念は固い。

 続いて、香水のエチケットの話に及んだ。「匂いには“相手”がありますから、客観的に〈これで大丈夫かな〉という判断力が欠かせません」

 自分の好みより相手の好みを慮る姿勢によって、大人の男の資質は試されるのだと言う。「匂いというのは難しいものですが、香水であれば上品で、匂いへの憧れを呼び起こしてくれるようなものを期待したいですね」

 

 

 鈴木晴生が初めて就職した会社。それは今はなき「ヴァンヂャケット」だった。少し脱線して、VAN時代の話を訊ねてみた。

「石津(謙介)さんは、それはもう特別な方でした。雲の上の人でしたから直接話す機会はそうなかったです」

 服を作るそばから売れるので常に在庫はゼロ。社員は傷物の商品しか買えなかったと言う。給料日には、給料袋と一緒に渡される婦人画報社の「メンズクラブ」が何よりも嬉しかったと言う。

 

 

 閑話休題

 現在65歳の鈴木晴生に、これからの生き方を訊ねると、あと10年は仕事を続けたいですね、と相好を崩した。

「昔のお客様から〈これは鈴木さんから買ったものです〉と言われて見せられると、感無量ですよね。自分が期せずしてやっていたことを相手の方が大事にしてくれていた事実に思いがけず出会えるのが、歳をとった喜びかもしれません。“人の心の中に生きさせてもらう”幸せということを実感しますね」

 最後に、鈴木晴生にダンディズムについて訊ねてみた。

「やりつづけること、でしょうね」と彼はさらりと答えた。

「僕は生来怠け症だからこそ、本屋に通い、映画館に通って、怠けオーラに鞭打つような愉しいものを見つけていたいのです。いつも目標が〈パン食い競争〉のように目の前にあってほしいのです。日々、活力を持って生き続けるためには、毎日が新鮮でなくてはならないでしょう。新鮮とは何かと言うと、装いが新しいとか古いとかではなく“自分風に今日を演出する”ことです」

 

 

 鈴木晴生は、几帳面な性格である。

 インタビュー前に話の要諦を記した大量の直筆メモ用紙を用意していたことからも、幼少時代からの膨大な映画資料を良好な保存状態でストックしていることからも、もはや疑いようがない。そして同時にそれは、彼が類い稀なほど誠実で、仕事に情熱を持った大人であることも示している。

 撮影の合間、軒先でシェードを畳む姿をファインダーで捉えるフォトグラファーに向けた、はにかんだような彼の瞳がいつまでも脳裏に焼きついて離れない。 

 

〈了〉 

 

 

 

 

『影山健太郎仕事集第二十六番』

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